宮地簡易裁判所 昭和41年(ト)2号 判決 1966年3月29日
申請人
国
被申請人
室原知幸
室原知彦
日田木材市場株式会社
主文
(イ) 申請人が、被申請人室原知幸に対して金一万円・被申請人室原知彦に対して金五千円・被申請人日田木材市場株式会社に対して金五万円の各保証を立てることを条件として、次のとおり命ずる。
(1) 被申請人室原知幸・被申請人室原知彦の別紙物件目録記載(1)・(2)の土地中別添実測平面図の赤色で塗つた部分及び水道管のある部分、並びに(5)の建物・集水設催・水槽・水道管・木柵・有刺鉄線その他の工作物一切に対する占有を解いて、申請人の委任する熊本地方裁判所所属の執行吏にその保管を命ずる。
(2) 被申請人日田木材市場株式会社の別紙物件目録記載の(1)・(3)・(4)の土地中別添実測平面図中赤色で塗つた部分及び(6)の建物・集水設備・水槽・水道管・木柵・有刺鉄線・電柱その他の工作物一切に対する占有を解いて、申請人の委任する熊本地方裁判所所属の執行吏にその保管を命ずる。
(3) 執行吏は、申請人の申出があつた場合には、申請人の費用をもつて、別添実測平面図記載の(イ)・(ロ)線以北にある木柵・有刺鉄線その他一切の工作物(但し、水道管を除く。)を撒去しなければならない。
(4) 執行吏は、申請人の申出があつた場合には、申請人の費用をもつて、別紙物件目録記載の(6)の建物及び被申請人日田木材単独占有の水道施設全部並びに別添実測平面図記載の(ロ)・(ハ)線以西にある木柵・有刺鉄線・電柱その他一切の工作物を撤去しなければならない。
(5) 前二項の場合においては、執行吏は、(イ)・(ロ)線及び(ロ)・(ハ)線に有刺鉄線を設置しなければならない。
(6) 執行吏は、残存する有刺鉄線の中に囲まれた範囲内の土地及びその中にある(5)の建物・集水設備・水槽・水道管並びに(イ)・(ロ)線以北にある水道管その他送水施設一切を被申請人室原知幸および被申請人室原知彦に使用させなければならない。
(7) 被申請人室原知幸および被申請人室原知彦は、前項の集水並びに送水施設に対する占有を他に移転し、又は占有名義を変更してはならない。
(8) 執行吏は、申立人の申出があつた場合には、第(6)項の物件を除いて、申請人にその使用を許さなければならない。
(9) 被申請人室原知幸及び被申請人室原知彦は、第(6)項の集水並びに送水設備が破損等のため修理の必要があるときは、執行吏の許可を受けた日時に、その許可のあつた人数をもつて本件係争地内に立ち入り、右設備の補修をすることができる。
(10) 執行吏は、本命令の趣旨を公示するため、適当な方法をとらなければならない。
(ロ) 申請人の被申請人室原知幸及び被申請人室原知彦に対するその余の申請を却下する。
(ハ) 訴訟費用はこれを三分し、その一を申請人の負担とし、その一を被申請人日田木材市場株式会社の負担とし、その余を被申請人室原知幸及び被申請人室原知彦の負担とする。
申請人の申立
(1) 被申請人室原知幸及び被申請人室原知彦の別紙物件目録記載の(1)・(2)の土地(以下単に「(1)・(2)の土地」という。その他これに準ずる。)および(5)の建物に対する、被申請人日田木材の(1)・(3)・(4)の土地及び(6)の建物に対する各占有を解いて、申請人の委任する熊本地方裁判所所属の執行吏に、その保管を命ずる。
(2) 執行吏は、申請人の申出があつた場合には、申請人の費用をもつて右土地上の建物・有刺鉄線・タンク・水道管・木柵・水槽・電柱その他一切の工作物を撤去しなければならない。
(3) 執行吏は、申請人が本件土地の使用を申し出た場合にはその使用を許さなければならない。
(4) 被申請人等は、右土地に立ち入つたりなどして、申請人の右土地の使用を実力をもつて妨害してはならない。
(5) 執行吏は、申請人の申出があつた場合には、その命令の趣旨を公示するため、適当な方法をとることができる。
裁判所の判断
本件(1)・(2)・(3)の土地がもと穴井隆雄の所有であつたものを、(3)の土地については昭和三九年七月一〇日、(2)の土地については昭和四〇年五月一一日、(1)の土地については昭和四一年二月一五日いずれも申請人が買い受けて、その頃所有権移転の登記を経由したことは、当事者間に争いがないから、右(1)・(2)・(3)の土地は全部国有であるといわなければならない。≪中略≫
被申請人知幸及び被申請人知彦が(1)・(2)の土地上に(5)の建物を建築所有すると共に、水槽並びに水道管等の水道設備を設置し、(1)そのまわりに木柵を打つて有刺鉄線で囲繞し、(1)の土地から湧出する湧水を自家用水として使用しており、又、被申請人日田木材が(1)・(3)・(4)の土地に(6)の建物を所有すると共に水槽・水道管・電柱・木柵・有刺鉄線等の工作物を所有していることは、当事者間に争いがない。
とすると、被申請人等は、右の工作物を所有することによつて本件(1)ないし(4)の土地を占有しているものに外ならないからその占有の正当権原を主張し疎明することを要する。しかるところ、被申請人等は、流水使用権に基いて右土地を使用占有しているものであり、その使用権は物権的効力を有するものであると主張するので、次にこの点について検討する。
一般的に権利の面から水を大別すれば、公法の適用を受ける「公水」と私法の適用を受ける「私水」とに分類することができる。そして、公水とは、国家の総合的な治水ないしは流水の利用関係の調整等について、河川法その他の公法の適用又は準用のある流水及びこれに流入し、或いは、これより分流する流水を汎称する。しかしながら、河川法等の適用ないし準用のある河川に入る流水については、全部が公水であるとはいうことができず、公水といい得るためには、相当程度の水量と相当の幅員を持つた水路を有し、且つその水路は、或る程度不変性のものであることを要するといわなければならない。又、公水は、私的な権利の目的とならないのを原則とするが、私人が所管の行政庁から許可ないし認可を受けて使用するときや、或いは、慣行的に永年公水を使用しており、しかも社会一般がその使用を容認して別段故障を言わないようになつたときは、そこに私的な公水使用権が発生し、それが私権の対象となるものであることは、多言を要しないところである。そのようになつた権利を理由もなく変更したり、或いは、消滅させたりすることは、一般私人は勿論のこと所管の行政庁といえどもよくなし得ないところであり、私的な公水使用権というものは、一種の物権的な効力を有する権利として何人も承認しなければならないものであるということができる。
一方、私水とは、公水以外の水を指し、普通、私人所有の土地から湧出する湧水・地下水(伏流水を含む。)・井戸水等を総称する。そして、私水は、原則として常に私権の客体となり、一般的には、その土地の所有者の権利に属しているものであるが、所有者は、行政庁の許可を受けることなく、自由にしかも有効にその水の権利のみを土地か分離して他に譲渡処分することができるものであり、その私水の使用が全体として適法な方法・用途に使用されている限り、該使用権は、物権類似の権利として第三者に対しても排他的な効力を主張し得るものであることは、何等、私的公水使用権とえらぶところがないと解すべきである。
本件仮処分の中心をなす水は、(1)の土地の中、(5)の建物の附近から湧出する湧水であるが、≪中略≫これを公水と見ることのできないものであることは、検証の結果明らかであり、申請人も又、本件湧水が私水であることを承認する。
<証拠>によれば「本件(1)・(2)・(3)の土地がいずれも穴井隆雄の所有であつた昭和三六年頃、下筌ダム設置反対派の一人であつた穴井隆雄が、いわゆる第一蜂の巣砦の飲用その他の雑用水として使用するために本件湧水を提供したので、ダム設置反対派の人々が、これを集水し、第一蜂の巣砦の方に引水してその用に供していたが、当時、被申請人知幸及び被申請人知彦等は、自宅における食水その他の家事用水に不足して非常に不自由していた。それで、昭和三九年二月、穴井恵・穴井隆雄・被申請人知彦及び被申請人知幸(知幸についてはその家人が知幸に代つて)等が相談した結果、本件の湧水を自分達の食水その他の家事用に使用することを決め、各自が費用・資材・労力等を出し合つて、湧水地における簡単な集水設備をすると共に、当時穴井隆雄所有の(1)の土地及び(2)の土地を通り、更に当時被申請人知幸の所有であつた小国町黒淵字天鶴五、八二六番の二の土地を経て志屋部落にある被申請人知彦及び被申請人知幸その他の自宅に至るまで、ビニール製の送水管を敷設して送水を開始し、その後、被申請人知幸及び被申請人知彦等が、水の汚染や他人のいたずら等を防ぐため、本件湧水地の集水設備の上に小さな建物((5)の建物)を建設し、そのまわりに木柵をして有刺鉄線をはりめぐらしたものである。」と一応認められ、≪中略≫右認定を左右するに足る疎明はない。
右認定の事実関係からすれば、本件湧水地の所有者である穴井隆雄は、私水である本件湧水の利用権を、土地所有権と分離して、被申請人知幸及び被申請人知彦等に譲渡し(但し、その使用権の一部は自己に留保している。)、その送水のため、自己の所有地であつた(1)・(2)の土地を使用することをも承諾したものというべきであるから、被申請人知幸及び被申請人知彦は、昭和三九年二月頃、本件湧水の利用権を取得すると共に、(1)・(2)の土地上をパイプで引水するいわゆる送水権を有しているものであると見ることができる。
しかして、湧水の利用権は、その引水のための送水権と一体不可分のものであり、両者を通じて全体として違法性が認められない限り、その湧水利用権が物権的な効力を持つものであることは、前述のとおりであり、又、或る土地上を引水する送水権が、いわば地役権類似の権利として、第三者に対しも自己の権利を主張できるものであることは、法律上これを承認すべきものであると解するのが相当である。尤も、その権利の公示方法については、法律は別段の規定を設けておらないけれども原則としてはその権利の占有、具体的にいえば、湧水地における集水設備等の設置管理、送水路の敷設維持並びに常時継続的な水の使用等をもつて、社会的に公示があつたものと見るべきものといえよう。本件において、被申請人知幸及び被申請人知彦等が集水設備や送水路を設置管理して、常時継続的にその水を使用していることは前述のとおりであり、その湧水利用権ないし送水権が全体として見て違法なものであることは認め難いものである以上、被申請人知幸及び被申請人知彦は、本件湧水の利用権並びに(1)・(2)の土地上の送水権の存在をもつて、その後(1)・(2)の土地の所有権を承継取得した申請人に対して主張できるものといわなければならない。
≪中略≫
とすると、被申請人知幸及び被申請人知彦は、本件湧水の利用ないし送水について必要最少限の範囲内で土地を使用することができるものと解すべきところ、検証の結果によれば、「別添実測平面図中(イ)・(ロ)線以北の木柵や有刺鉄線等は、本件湧水の利用や送水について必要がない(右(イ)・(ロ)線以北の木柵等は専ら被申請人知幸及び被申請人知彦二名の共同占有と解する。)が、(6)の建物やその他の木柵や有刺鉄線は、湧水が汚染したり、他人が水源地に入つて水道施設を破壊したり、或いは申請人が工事に使用するハツパの爆発によつて土砂が飛来したりするのを防ぐため必要なものである。」と一応認めることができる(この認定に反する疎明はない。)。
従つて、申請人としては、被申請人知幸及び被申請人知彦に対する関係において、別添実測平面図中(イ)・(ロ)線以北の木柵や有刺鉄線については、本件仮処分の被保全権利である(1)・(2)の土地の所有権に基く妨害排除請求権があるということができるが、その他の部分については、一応被保全権利の存在を否定せざるを得ない。≪中略≫
なお、申請人には(5)の建物及び被申請人知幸及び被申請人知彦の水道に必要な最少限度の施設の部分について撤去を求める被保全権利がないことについては、前に述べたとおりであるけれども、一面、被申請人知幸及び被申請人知彦の本件湧水利用権ないし送水権が債権的な権利で、その後に(1)・(2)の土地所有権を取得した申請人に対抗できないのではないかという疑念がないではない。
しかしながら、被申請人知彦本人の供述、検証の結果に弁論の全趣旨を総合すると、「九州地方建設局は、かつて、本件の湧水利用権が被申請人知幸等にあることを認め、本件湧水の一部の使用方を被申請人知幸に申し入れたことがあり、又、被申請人知幸及び被申請人知彦は、殆んど本件の湧水のみを自宅における食水その他の家事用水として使用しているので、本件の水道施設が撤去されると、両者は、忽ちその日の食水にも事欠くようになるのは明らかである(尤も、九州地方建設局は、熊ノ戸の水を提供するとは言つているけれども、前に代執行によつて本件水道管を切断したことがあり、その時は、被申請人知彦の家まで(被申請人知幸の方までは引かない。)、熊ノ戸の水をビニーリパイプで引いてやつたことがあつたが、一雨降つたため、引水後日ならずしてその使用が不可能になつたにも拘らず、そのまま放置して本件検証の日まで長い間顧みなかつた事実があり、不親切極まりないといわなければならない。のみならず、被申請人知幸が現在熊ノ戸の流水について水利権を有するとも認め難いところである。)」と一応認められる(右認定を左右し得る疎明はない。)本件においては、仮りに本件湧水利用権が債権的権利であるにしても、執行吏保官債務者使用のいわゆる普通の占有移転禁止の仮処分程度に止め、終局的の湧水利用権の存否並びにその性質(物権類似の権利であるかどうか)については本案の裁判に委ねるべきであつて、仮処分によつて、水道施設全部の撤去を断行し、申請人のために仮の地位を付与するのは相当でないと解する。(吉永順作)